ある日突然、自分の通帳が「紙切れ」になるリスク
人生100年時代といわれる現代、私たちはかつてないほど長い老後を過ごすようになりました。健康寿命を延ばす努力を惜しまない一方で、避けて通れない不安の種が「認知症」です。
「もし自分が認知症になったら、家族に迷惑をかけたくない」 「自分の貯金で、自分に合った介護施設に入りたい」
そう願うのは当然のことです。しかし、日本の金融機関の現場では、今、非常に厳しい現実が突きつけられています。それが「認知症による銀行口座の凍結」です。
目次
- 1 銀行窓口で「ご本人の意思確認ができません」と言われる恐怖
- 2 趣味の旅行を楽しんでいたAさんが直面した「想定外」の現実
- 3 1. 裁判所の監督下に置かれる「自由の制限」
- 4 2. 毎月の報酬と「一度始めたらやめられない」リスク
- 5 3. 自宅の売却が困難になるケースも
- 6 家族に管理を託す「愛のバトンタッチ」
- 7 「遺言」+「財産管理」のハイブリッドな機能
- 8 「子供に迷惑をかけたくない」と願ったBさんが実現したこと
- 9 空き家問題を未然に防いだCさんのケース
- 10 1. 契約できるのは「判断能力があるうち」だけ
- 11 2. 受託者(託す相手)との信頼関係と家族の合意
- 12 3. 司法書士などの専門家による「精密な設計図」
- 13 司法書士による「無料相談」のご案内
銀行窓口で「ご本人の意思確認ができません」と言われる恐怖
銀行は、預金者の意思能力(物事を正しく判断する能力)が低下したと判断すると、不正引き出しや消費者被害を防ぐために、口座の取引を制限します。これが世に言う「口座凍結」です。
たとえ実の子であっても、あるいは長年連れ添った配偶者であっても、本人の通帳と印鑑を持って窓口に行くだけでは、まとまったお金を下ろすことはできません。銀行員から「ご本人の意思確認ができないため、お引き出しには応じられません」と告げられた瞬間、自分のために蓄えてきた老後資金は、事実上「ロック」されてしまうのです。
これは決して「悪いことをしたから」ではありません。銀行側も「本人の財産を守る」という法的義務があるため、あやふやな状態でお金を出すわけにはいかないのです。しかし、預金者本人やその家族からすれば、自分の資産であるはずのお金が使えないという、耐え難い状況に陥ります。
趣味の旅行を楽しんでいたAさんが直面した「想定外」の現実
都内在住のAさん(75歳・仮名)は、定年退職後も奥様と国内旅行を楽しむ活動的な方でした。自分たちの老後資金として2,000万円ほどの貯蓄があり、「これで自分たちの最期まで面倒を見るつもりだ」と周囲にも話していました。
異変は突然でした。Aさんに軽度認知障害(MCI)の兆候が見られ始め、物忘れが激しくなったのです。ある日、奥様が今後の介護リフォーム費用のために100万円を下ろそうと銀行を訪れました。窓口でAさんの様子を聞かれた奥様が正直に「最近、主人の物忘れがひどくて……」と話したところ、銀行側は「安全のため、以後の取引には診断書や、法的な代理人の選定が必要です」と回答。
その日から、Aさんの口座からの引き落としは生活費のごく一部を除いて困難になりました。リフォーム代金が払えないばかりか、将来入所を希望していた有料老人ホームの入居一時金も、自分の口座から出せないという事態に陥ったのです。奥様は「自分たちのお金なのに、なぜ?」と途方に暮れることとなりました。
なぜ「成年後見制度」だけでは不十分だと言われるのか?
口座が凍結された際、銀行から真っ先に提案されるのが「成年後見制度」の利用です。しかし、この制度は「本人の財産を守る」という点では強力ですが、柔軟な資産運用や「自分らしいお金の使い方」という点では、いくつかの大きな壁があります。
1. 裁判所の監督下に置かれる「自由の制限」
成年後見制度を利用すると、家庭裁判所が選任した「後見人」(弁護士や司法書士などの専門家が選ばれることが多い)が財産を管理します。後見人の使命は「本人の財産を減らさないこと」です。
そのため、孫への入学祝い、家族での最後の旅行、あるいは自宅の維持のための積極的な修繕などは「本人の利益に直結しない」と判断され、認められないケースが多々あります。自分のお金でありながら、使い道一つひとつに「正当な理由」と「証拠」が求められるストレスは、想像以上に大きいものです。
2. 毎月の報酬と「一度始めたらやめられない」リスク
専門家が後見人に就任した場合、本人の財産額に応じて、亡くなるまで毎月2万円〜6万円程度の報酬が発生し続けます。これが10年続けば、数百万円の支出になります。さらに、一度制度を利用し始めると、本人の判断能力が劇的に回復しない限り、途中で解約することはできません。「思ったより不便だからやめたい」というワガママは通らないのです。
3. 自宅の売却が困難になるケースも
「老人ホームの費用を作るために、誰も住まなくなった自宅を売りたい」と思っても、成年後見人のもとで居住用不動産を処分するには家庭裁判所の許可が必要です。裁判所は「本人の生活の拠点を奪うこと」に非常に慎重なため、必ずしも希望のタイミングや価格で売却できるとは限りません。空き家状態のまま固定資産税だけを払い続ける、という事態も起こり得ます。
自分の意思を未来につなぐ「家族信託」の仕組み
こうした成年後見制度のデメリットを補い、元気なうちから自分の意思を反映させられる仕組みとして今、最も注目されているのが「家族信託(民事信託)」です。
家族に管理を託す「愛のバトンタッチ」
家族信託とは、一言で言えば「元気なうちに、自分の財産の管理権を信頼できる家族にバトンタッチしておく契約」のことです。
- 委託者(いたくしゃ): 財産を持っている本人(あなた)
- 受託者(じゅたくしゃ): 財産を管理する人(お子様など)
- 受益者(じゅえきしゃ): 財産から出る利益を受け取る人(あなた)
この契約を結んでおくと、万が一あなたが認知症になり、銀行の窓口に行けなくなったとしても、管理権を持っているお子様(受託者)が、お子様の印鑑とサインで、あなたのための支出(入院費、施設代、納税など)をスムーズに行うことができるようになります。
銀行からすれば「契約に基づいた正当な管理者が手続きをしている」ことになるため、口座が凍結されて立ち往生する心配がありません。
「遺言」+「財産管理」のハイブリッドな機能
家族信託の優れた点は、生前の財産管理だけでなく、自分が亡くなった後の「遺産分割」の行き先まで決めておける点です。通常の遺言書では「自分の死後」のことしか決められませんが、家族信託なら「認知症になってから死ぬまで」と「死後」の両方を一つの契約でカバーできるのです。
さらに、遺言書では難しい「孫の代まで財産の継承先を指定する(跡継ぎ遺贈型信託)」といった高度な設計も可能になります。
家族信託で「自分らしい老後」を守れた成功事例
「子供に迷惑をかけたくない」と願ったBさんが実現したこと
神奈川県に住むBさん(80歳・女性・仮名)は、一人娘が遠方に嫁いでおり、独居生活を送っていました。「自分がボケてしまったら、娘がわざわざこちらに来て私の銀行の手続きをするのは大変だろう。でも、変な人に管理されるのも嫌だ」と心配していました。
そこでBさんは、司法書士のアドバイスを受け、長女を受託者とする家族信託を締結。自宅と、介護費用として取り分けていた500万円を信託財産としました。
数年後、Bさんに認知症の症状が現れ、介護施設への入所が決まりました。この時、Bさんの個人口座は一部凍結状態にありましたが、信託していた500万円は「受託者である長女が管理する専用口座(信託口口座)」にあったため、長女はBさんの入所費用や月々の利用料をそこから滞りなく支払うことができました。
さらに、Bさんが亡くなった後は、残った信託財産をそのまま長女が相続する設定にしていたため、煩雑な相続手続きを待たずに整理を終えることができました。Bさんの「娘に迷惑をかけたくない」という願いは、完璧な形で叶えられたのです。
空き家問題を未然に防いだCさんのケース
実家をどうするか悩んでいたCさん(78歳・男性)も、家族信託に救われた一人です。将来、施設に入ることになったら実家を売却して費用に充てたいと考えていました。
もし何も対策せず認知症になっていたら、前述の通り自宅売却には裁判所の厳しいハードルが立ちはだかったでしょう。しかし、あらかじめ息子さんと家族信託を結んでいたことで、Cさんが施設に入った後、息子さんはスムーズに実家を売却。その売却代金をCさんのより手厚い介護費用に充てることができました。
家族信託を検討する際の3つの注意点
夢のような制度に見える家族信託ですが、正しく運用するためにはいくつかの重要なポイントがあります。
1. 契約できるのは「判断能力があるうち」だけ
これが最も重要です。家族信託は「契約」です。すでに重度の認知症になり、契約の内容が理解できなくなってからでは、家族信託を組むことはできません。医師から「意思能力なし」と診断されてしまえば、もう手遅れなのです。その場合は、不便を承知で「成年後見制度」を選ばざるを得なくなります。
2. 受託者(託す相手)との信頼関係と家族の合意
財産を預けるお子様や親族との間に強い信頼関係があることが大前提です。また、他の兄弟姉妹に黙って契約を進めると、将来「長男が勝手に親のお金を使っているのではないか」といった疑念(争族)を招く原因になります。家族会議を開き、専門家を交えて透明性の高い計画を立てることが不可欠です。
3. 司法書士などの専門家による「精密な設計図」
家族信託は非常に自由度が高い分、その設計には高度な専門知識が求められます。「信託口口座(しんたくぐちこうざ)」という特殊な口座を銀行で作る際、契約書の条項が一行違うだけで銀行が受け付けてくれないこともあります。
また、税務面(贈与税や不動産取得税など)での思わぬ課税を防ぐためにも、司法書士や税理士といったプロの目によるチェックが欠かせません。
まとめ|不安を安心に変えるために、今できること
認知症による口座凍結は、決して他人事ではありません。厚生労働省の推計では、2025年には65歳以上の約5人に1人が認知症になると予測されています。
「まだ元気だから大丈夫」 「自分だけは大丈夫」
そう思っている今こそが、実は対策を打てる唯一のチャンスです。判断能力がしっかりしている今なら、あなたは自分の将来を自分でデザインすることができます。
家族信託は、あなたの大切な財産を守るための「盾」であり、家族の負担を減らすための「愛の形」でもあります。自分の通帳が「紙切れ」になる前に、そしてあなたの意思が誰にも届かなくなる前に、一歩踏み出してみませんか?
司法書士による「無料相談」のご案内
当事務所では、家族信託を中心に、高齢者の財産管理に関する無料相談を随時実施しております。
- 「自分の場合は、家族信託と成年後見、どちらが良いのか?」
- 「費用はどのくらいかかるのか?」
- 「家族にどう切り出せばいいかわからない」
- 「他のきょうだいとのバランスをどう取ればいいか?」
こうした小さなお悩みから、法律・実務のプロである司法書士が丁寧にお答えします。ご自身の、そしてご家族の「安心な未来」のために、まずはお気軽にお問い合わせください。あなたの想いを形にするお手伝いをさせていただきます。