1. はじめに:認知症による「財産凍結」という見えないリスク
「うちの親はまだしっかりしているから大丈夫」「いざとなったら子供がなんとかできるはず」……。
そう考えている方にこそ、今すぐ知っていただきたい現実があります。それが認知症に伴う「財産凍結」のリスクです。
日本は超高齢社会を迎え、2025年には高齢者の約5人に1人が認知症になると予測されています。認知症は単なる病気の問題ではなく、実は「法律上の問題」として、家族の生活を根底から揺るがす大きな壁となります。
もし、お父様やお母様の認知症が進行し、「意思能力(物事を正しく判断する能力)」が不十分だと判定されたらどうなるでしょうか。銀行口座からお金が下ろせなくなり、空き家になった実家を売ることもできなくなります。これが「財産凍結」の実態です。
本コラムでは、司法書士の現場で実際に起きた切実なエピソードを交えながら、財産凍結の恐ろしさと、それを回避する切り札である「家族信託」について徹底解説します。
2. なぜ認知症になると財産が凍結されるのか?(法的根拠)
なぜ、自分の親のお金や土地なのに、子供が自由に扱えなくなるのでしょうか。そこには日本の民法が定める重要なルールがあります。
目次
「意思能力」がない契約は無効
法律の世界では、契約を結ぶ際に「自分が何をしているか」を正しく理解している必要があります。これを意思能力と呼びます。認知症によってこの能力が失われたとみなされると、本人が行った売買契約や贈与などはすべて法律上「無効」となります。
銀行や不動産会社が「NO」と言う理由
銀行の窓口で、本人以外の家族が預金を引き出そうとして断られた経験はありませんか? 銀行や法務局は、本人の財産を守る義務があります。もし認知症で判断力が低下している人の口座から勝手にお金が動かされれば、それは「財産侵害」になりかねません。
そのため、金融機関や不動産業者は、少しでも本人の言動に違和感(生年月日が言えない、今日ここに来た理由がわからない等)があれば、取引を停止せざるを得ないのです。
3. 【事例1】施設入居のために実家を売ろうとしたが……
司法書士として多くの相談を受ける中で、最も深刻なのが「不動産」にまつわるトラブルです。
具体的エピソード:Aさんのケース
70代の母親と二人暮らしをしていたAさん。母親に認知症の症状が出始め、自宅での介護が限界に達したため、手厚い介護が受けられる有料老人ホームへの入居を決めました。入居一時金や月々の費用を捻出するため、誰も住まなくなる「実家」を売却し、その資金に充てる計画を立てたのです。
不動産会社に査定を依頼し、買い手も見つかり、いよいよ契約という日。司法書士である私が立ち会い、お母様に売却の意思確認を行いました。
私:「お母様、今日はお家を売る契約ですが、よろしいですか?」
母:「……家? どこへ行くの? 私はここでずっと暮らすのよ。」
お母様は、数日前までは「施設に行く」と納得していたはずでした。しかし、その日は場所や状況が理解できず、パニックになってしまったのです。司法書士として「本人の売却意思が確認できない」と判断せざるを得ず、契約は中止となりました。
成年後見制度の限界
結局、Aさんは「成年後見制度」を利用することになりました。しかし、後見人が選任されても、「本人が住んでいた自宅」の売却には家庭裁判所の許可が必要です。裁判所は「本人の利益」を最優先するため、十分な現金資産がある場合などは売却が認められないこともあります。Aさんは実家の管理費を払い続けながら、自身の貯金を切り崩して介護費用を支払うという、想定外の苦境に立たされました。
4. 【事例2】銀行窓口で「口座ロック」。介護費用が出せない恐怖
不動産だけでなく、日常の「お金」も突然止まります。
具体的エピソード:Bさんのケース
離れて暮らす父親の通帳を預かっていたBさん。父親の入院費用を支払うため、定期預金を解約しようと銀行窓口へ向かいました。これまでは「代筆」で通っていたかもしれませんが、昨今のコンプライアンス強化により、銀行側は本人確認を徹底しています。
窓口担当者が父親に電話で確認を入れた際、父親は自分の名前は言えたものの、「預金の解約」という言葉の意味が理解できず、「そんなことは頼んでいない」と答えてしまいました。
その瞬間、父親の口座は「凍結」されました。
「子供であっても他人の金」という現実
銀行側は「ご本人の意思能力に疑義があるため、成年後見人を立てるか、ご本人の意識がはっきりするまで取引はできません」と告げます。Bさんは、親の介護費用のために、自分自身の教育ローンや生活費を削って立替払いをすることになりました。親には十分な蓄えがあるのに、1円も引き出せない。この不条理が「財産凍結」の本当の怖さです。
5. 財産凍結を回避する切り札「家族信託」とは?
こうした悲劇を防ぐために、いま最も注目されているのが「家族信託」です。
家族信託の仕組み
簡単に言えば、「元気なうちに、信頼できる家族に財産の管理権限を預けておく契約」のことです。
- 委託者(親): 財産を預ける人
- 受託者(子): 財産を管理・処分する人
- 受益者(親): 財産から生じる利益(賃料や売却益など)を受け取る人
この契約を公正証書で結んでおけば、将来親の認知症が進行しても、「受託者である子供の判断」で、銀行解約や不動産売却が可能になります。
成年後見制度との決定的な違い
従来の「成年後見制度」は、認知症になってから「裁判所」が関与して財産を守る仕組みです。対して「家族信託」は、認知症になる前に「家族間」で柔軟にルールを決める仕組みです。
| 比較項目 | 成年後見制度 | 家族信託 |
|---|---|---|
| 開始時期 | 認知症発症後 | 意思能力があるうち |
| 管理の柔軟性 | 非常に低い(裁判所の許可が必要) | 高い(家族の判断で運用可能) |
| 費用 | 専門家への月額報酬が発生し続ける | 初期費用のみ(継続報酬なし) |
| 主な目的 | 本人の財産保護(現状維持) | 家族のための柔軟な財産管理・活用 |
6. 家族信託で実現できる「安心」のカタチ
家族信託を導入することで、具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか。
1.実家売却がスムーズに:
受託者(子)の印鑑一つで売却手続きが進められます。施設入居のタイミングで、市場の好機を逃さず現金化できます。
2.預金の引き出し・管理が自由:
「信託口口座」という専用の口座を作ることで、キャッシュカードによる引き出しや振込が子供の判断で行えます。
3.相続対策も同時に行える:
「親が亡くなった後は、この財産を誰に引き継ぐか」まで指定できるため、遺言書と同じような役割も果たせます。
何より最大のメリットは、「家族が介護という重労働に加え、お金の心配までしなくて済むこと」です。
7. 家族信託を検討する際の注意点とデメリット
もちろん、家族信託も万能ではありません。以下の点には注意が必要です。
親の理解と意思能力が必要
家族信託はあくまで「契約」です。すでに認知症が深刻に進行し、意思疎通が困難な状態では契約を結ぶことができません。つまり、「まだ大丈夫」な今しかチャンスはないのです。
税務面での配慮
家族信託自体に贈与税はかかりませんが、設計を間違えると予期せぬ税金が発生する可能性があります。必ず税理士や、税務に強い司法書士のアドバイスを受けるべきです。
8. まとめ:後悔しないために今すぐ司法書士に相談すべき理由
親の認知症は、ある日突然やってくるわけではありません。グラデーションのように少しずつ進行し、気づいた時には「法的手段が使えない」という事態に陥っています。
「あの時、もっと早く相談していれば……」
事例で紹介したAさんやBさんのような後悔をしてほしくありません。
家族信託は、単なる法的な手続きではなく、「家族の平穏な生活を守るための保険」です。私たち司法書士は、法律の専門家として、あなたのご家族に最適な財産管理の形を提案します。
少しでも「親の物忘れ」に不安を感じたら、まずは無料相談をご利用ください。専門家と一緒にリスクを可視化することから始めましょう。